今更ウマ娘映画化を知ったので2001年クラシック世代を語る~その③~3歳はじめPart2

さて、新たな馬が台頭してきましたが、歴史的なラジオたんぱ杯を戦った組はどうか?というのが今回のお話です。

ジャングルポケット

アグネスゴールドきさらぎ賞と同時期、ナリタブライアンとかで有名な共同通信杯に。

ここで迎え撃つのは当時兄とやっていた私のPOG馬達!

通常のPOG本では一気に選出すると思いますが、私達のは週間Gallopで毎回100数頭くらい?掲載されている中から、3頭ずつ指名していたためにメチャメチャな頭数を持っていました(笑)
合計30頭くらいはいたかな?
このレースはなんと4頭出し。

特に期待していたのはホープフルS勝ち※のスイートゥンビター。
※今のホープフルS(G1)ではなく、当時はただの中山2000mのオープン特別戦でした。
 2013年まで行われていたとのこと。

他、ボーンキングの勝った京成杯で1番人気していたプレジオ、ゴッドオブチャンスダンシングカラージャングルポケットに挑んだわけですが…

結果、ジャンポケの2馬身差完勝。

明らかに他の馬と格が違いましたね。
レース結果見返したら、おまけで他の馬との斤量差1kgあったとは…

因みにスイートゥンビターはこれがラストランになりました(泣)


アグネスタキオン

弥生賞から始動…なのですが、

アグネスタキオン出るなら出走やめようかな?」

という、過去の例を出すとマルゼンスキー状態※」にあわやなりかけるという状況。
弥生賞の出走頭数8頭は未だに過去最低頭数とのこと。

マルゼンスキー状態:当時マルゼンスキーが強すぎて他の馬が出走を見合わせた結果、最低出走頭数すら集まらずレース不成立になってしまったという逸話。
みどりのマキバオーの登場キャラであるニトロニクスの当時鞍上だった木曽(だっけか?)がビッグマウス気味に言った発言の注釈より。

そんな中で果敢にタキオンに挑むのは新馬戦のリベンジを果たそうとするボーンキング
他、新馬戦勝ったばかりの格上挑戦ではありましたが、名牝ノースフライトの仔である私のPOG馬のミスキャスト。
皆の物差しダイイチダンヒル
因みに、ここにマンハッタンカフェもいました。

レースはぐっちゃぐちゃの不良馬場。

そんな中どうだったかというと…

正直、そんなに見どころあるレースではなかったと思ってます。


何事もなくタキオンが普通に5馬身ちぎって快勝。
2着ボーンキングと3着までは2馬身。


他の馬の重馬場適正がどうだったかとかもわからないですし、メンバーも揃っていなかったので何とも言えないかなというのが個人的な印象です。

「まぁ、そうだよね」みたいな(笑)

ただ、ボーンキング鞍上だった武豊騎手のコメントでは「強すぎる。クラシックもハンデ戦にしないとね(笑)」と言ったとかなんとか。

直線前で二頭並んでる時の手応えの差を見ると、力の差は歴然のようには見えるでしょう。


さて、最後の一頭


〇ダイイチダンヒル

弥生賞明けで残りの皐月賞トライアルである若葉Sを無事勝利!


…というのは冗談で、


次が本当に最後。


クロフネ

前年末ラジオたんぱでコテンパンにやられていましたが、

外国産馬皐月賞には出られない(まだ開放されていない)ので、ダービーを目指して賞金を稼ぐことになります。

そんな復帰戦は毎日杯

正直、強い強いと言われてる中で個人的には半信半疑になってしまっていました。

「いや、言うほど強くないでしょ?」って。


結果、



5馬身差の圧勝!!



古馬と遜色ないタイムで、2着から3着の間も5馬身差。


因みにこの2、3着、本格化前とはいえ後に有馬記念3着するコイントス天皇賞春を3着するダイタクバートラム

当時、この皐月賞前のシーズンでベストレースを挙げるならこのクロフネ毎日杯だったと思います。


コイツ本当に化け物だぞ?と。


まだ皐月賞も終わっていない中、すでにダービーが楽しみになる準備は整ってきていたのです。



つづきます。